【D03】絶対に笑ってはいけない24時間in弱ペダ

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インターハイが終わった直後に届いたと、学校側を通して金城に渡されたのは、自転車競技振興委員会よりの召集状だった。
「何が届いたっショ?」
覗き込んだ巻島に、金城は無言でその手紙を差し出した。
 
『ご招待状
絶対に笑ってはいけない24時間 自転車競技部』
 
「お、なんだこれ?」
そう覗き込んだ田所の背後から、派手な赤い髪がほぼ同時に出現し
「え、あの年末番組のお笑いでっか?」
となにやら楽しそうに、顔を輝かせている。
 
「鳴子はその番組について、よく知っているのか?」
招待状とは別紙に詳細が書かれているものが同封されており、それを眺めていた金城は助かったという表情だ。
「え、金城さん 知りませんの!? あれは年末に親戚一同で見て、我慢しながら点数競う年中行事でっせ?」
 
そうなのか?と困ったように眉根を寄せて自分を見る金城に、巻島も知らないと首を傾げ、同様に田所も首を振っていた。
「えっと…ボクもあまり知らないんだけど…あれだよね、色々仕掛けてくる人の芸とか語りに、笑ったらお尻殴られるっていう…」
 
「…なんだそりゃ 芸人って笑われてナンボってやつじゃねえの …それに何でそんなのにうちに声がかかるんだ」
年末は格闘技視聴タイムだろと言い切った田所に、今泉もうちはオーケストラ鑑賞の日ですと続け、つまらんやつやなあと鳴子がこれみよがしに息を吐いた。
しかしここではどうやら、少数派は自分のようだ。
どう説明すべきか…と悩む鳴子と小野田が顔を見合わせおそるおそるといった調子で手を上げた。
「あの、だから…お笑い芸人の人だけじゃなくて、一流大物俳優とかが仕掛け人という事もあって…」
「インハイ終わったから、ワイらにご褒美的な?」
なんらかの、イベントなのではないだろうか?
 
そういった予測の中、低く通る声が
「なるほど」
と会話を断ち切った。
 
注目が集まる金城は、詳細の書かれた手紙を掲げ、
「その笑ってはいけないで、今後の自転車競技部を担う若手陣のメンタルを鍛えよう…という趣旨らしい」
と一同に解説をし、いつのまにか現れたピエールに目線で問いかければ、その通りだと頷きを返されていた。
 
**
 
こうして、
『絶対に笑ってはいけない 高校世代自転車競技部24時間』が企画会議は始められた。
 
召集されたのは成績が良かった上位二校と、コーチ側で指名があった選手の5名。
優勝校だった総北と、ほぼ同率だった箱根学園のレギュラー陣各5名
それから1日目優勝だった京都伏見の御堂筋と、そのチーム主将石垣。
別枠指名で「なんかメンタル強そう」と呼ばれたのが、広島呉南の待宮と井尾谷、何だか可哀そうだったからと呼ばれたアルプスの山守による総勢15名。
総北・箱学・その他寄せ集めの3チームでの競技だ。
 
もしも笑ってしまい、アウトコールがかかれば-1点。
逆に自分たちが仕掛け人となって、笑わせれば+1点。
なおレギュラー外の部員や、指名枠外部員たちを、仕掛け人側として参加をさせるのは可能。
そして-1点のたびに、言わずと知れたケツバットが行われる。
 
同じ学校内のものが仕掛け人となった場合の罠は、笑ってしまってもノーカウントとなるので、積極的に他校をつぶしに言った方が有利。
その他組は雑多な組み合わせであるので一見不利なようだが、その分バラエティーに富んだ仕掛けを考えられそうだ。
 
「御堂筋くんも参加するんだね!」
無邪気に顔を輝かせている小野田を、ものすごく嫌だという様子を隠そうともせず御堂筋は
「ハァァ?」と向き直る。
 
「なんやの?協議会からあんな招待状寄越されて来ん訳にはいかんて解って言うてきとん?アホなんお前」
「え?『あんな』って?」
「坂道くんっ ボクがね面白そうだから絶対御堂筋くんを誘うべきだって、スポンサーと選抜委員に協力プッシュしたんだ」
大丈夫、別にとある選手のスポーツマンシップに欠ける言動について、少し注意すべきなんて言ってないから。
そう言いながら、にっこり笑って割り入って来たのは真波だった。
 
「……お前か 真ァ波ィ~?」
爬虫類を思わせるような表情で詰め寄られても、真波の笑顔は崩れない。
「面白そうだと思って」
大事なことだから、二回言いました。
オロオロしている小野田と、つられたように慌てている石垣を尻目に、近寄りがたい口論がはじまっているのは、待宮と荒北だった。
ベプシがどうこといいながら、何故か流れはお互いに「お前を腹抱えるほど笑わせてやんヨォ!」となっているので、こちらはこちらで楽しんでいるのだろう。
 
この合宿で、10点につき次回インターハイで5秒の優遇措置があり、-10点で同じく5秒のペナルティ加算となる。
 
「参ったっショ…オレら…そのテレビとか全然知らねえのに…」
「巻ちゃんのチームは、あまりテレビを見んのか?」
「うちのトコみんな、格闘技とかオーケストラとか、テレビそのもの見ねぇって奴ばっかで鳴子以外ほぼ全滅っショ…」
「ハハハハ、ならばオレ達箱学は有利だな!オレ達箱学は、ほぼ全員知っているぞ!」
「…東堂、お前も見てるっショ?」
東堂もだが福富も、お笑いをさほど見ないタイプと思っていた巻島の予想だが、そうではなかったらしい。
 
「オレはあまり見んが、天候不良で退屈な時などは団体で見たりしていた」
なるほど、寮生活の暇つぶしで利用されていたのかと納得だ。
「フ… とっておきの仕込みも用意している 楽しみにしておくがいい!」
ビシィッと、効果音がつきそうなほど勢いよく指差された巻島は、東堂の表情とは対称的にうかぬ顔だ。
 
『ただひたすらに、めんどくさい』表情がそう語っていた。
 
「この場合、鍵となるのは表情筋だな!」
 
ウチにはフクがいると得意げな東堂だが、その他のメンバーはかなり危険なのではないだろうか。
荒北は感情表現が豊かだし、新開はあまり感情を制御するタイプに見えない。
東堂は…巻島を使えば、笑わせることが容易なように思えるが、それは計算として黙っておく。
残る泉田は…持ちネタアブゥ!があるのは強みだが、彼も表情は割合豊かな方だ。
「…ウチのチーム、結構不利じゃねェ?」
 
総北はというと、金城は自制が強そうだが、他のメンツはかなりヤバい。
特に関西弁赤髪は、無口先輩とトレードしたいぐらい、超ヤバイ。
巻島はツボがわからぬので、普通のお笑いネタなら回避するのだが、一度ツボにはまるとドツボだ。
田所と今泉は普段お笑いをあまり見ないタイプだけに、心配になる。
「スカシ、お前大丈夫なんか」「…みんなが心配しているのはむしろ、お前だと思うがな」
 
寄せ集めチームはといえば、それはそれでかなりキツそうだ。
関東から見たら、なんとなく漫才に強そうというような関西二人。この二人…少なくとも御堂筋は鳴子ほど、笑い転げることは少なそうに見える。
だが広島組は感情表現が豊かで、その他チームは連帯責任なだけに、トータルすると難しそうだ。
「なんでこんなヤツらと組まなならんのォ?キモいわァ」「そりゃぁ こっちのセリフじゃ!」
 
なお人数調整の為、インハイ個人優勝・準優勝の小野田&真波は、特別解説者枠として設定された。
 
点数の鍵となる、各メンバーの感情表現。
…考えれば考えるほど、各チームは自分達が不利に思えてきてしまう。
しかもケツバットとなれば、ロードバイクの練習に差しさわりがでる可能性が高いのではないだろうか。
 
各チームが出した結論は、一つだった。
『うちのチームはこれに参加をするより、練習に励みます』
 
各チームが全員辞退。
こうしてこの企画は、幻に終わったのである。

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