【B03】key of life

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 ジリリリリ。
 
 朝を告げる、けたたましいアラーム音。
 いつもならもうちょっとだけ、と布団の温もりに甘えるところだけど、予定がない日曜日。この日だけは眠たい瞳もしっかりと開くんだ。
 毎日起こしてくれてありがとう。そんな想いを込めて時計のベルを止めベッドから抜け出しカーテンと窓を開ければ、雀の囀ずりが耳をくすぐって、瞳を彩る空の青さが眩しい。
 今日は朝から晴れて気持ちがいいな。
 
 いつも通りに歯を磨いて顔を洗って、上げた鏡に映る自分の顔がなんだか嬉しそう。よしっと気合いを入れて頬を叩いて着替えに戻る。
 階段を下りてお母さんにおはようと声を掛ければ早いわねってなんだか苦笑気味。朝食作りを手伝いながらコーヒーを淹れた頃に、頭を掻きながら眠たげな声がのそりとダイニングに入ってきた。
 
「おはようお兄ちゃん。はい、コーヒー」
「ん、サンキュ。そうか、今日は日曜か」
「そうだよ。準備はしておくから、今日もよろしくね!」
 
 食卓に並ぶのは焼きたてのパンとサラダとベーコンエッグ。凝ってる料理もいいけど、オーソドックスなご飯も美味しいから好き。しっかり食べてこの後に備えなきゃね!
 ごちそうさまでした。シンクに空のお皿を下げると、お母さんは置いといていいわよって言ってくれる。感謝を告げて部屋に戻ると、モスグリーンのエプロンを身につけて。これが私の勝負服。
 またダイニングに戻って新聞を広げてのんびりしているお兄ちゃんの前へ立てば、チャリッと音を発てて私の掌に落とされたのは薄く平たい金属。
 
「よろしくな」
「うん。任せておいて!」
 
 知り合いに作って貰ったCYCLE SHOP KANZAKIのロゴが入ったキーホルダーごとぎゅっと大切に握りしめると、自然と浮き足立ってしまう。はやくはやく、って全身が急かしているみたい。ドキドキとワクワクが交錯して気分は上々。駆けるように店へと続くドアを開いて電気を点けて、整列するみんなに声を掛けるのが私の日課。
 
「みんな、おはよう!」
 
 静まり反る部屋に生き物はいないから返事はないけど、私にはこのこ達の声が聴こえる気がするの。毎日お兄ちゃんがメンテナンスをしてくれているけど、一台一台、布で磨いてみんなの様子を窺うんだ。良い人に巡り会えるといいねって話しかけながら。
 綾ちゃんにこの話をしたら呆れた顔をされたけど、私にとってはとても大事なこと。だって、みんな個性的で格好よくて可愛くて、大切で大好きなうちのこ達だから。物でも人でも愛情をもって接してあげれば想いはちゃんと返るんだよ。
 陳列しているアクセサリーや備品の補充と整頓をして、メンテナンス道具のチェックもOK。
 壁に掛かる時計を見れば開店まであと15分。たいへん、急いで外も掃いてこなきゃ! 今日は今泉くんがメンテナンスに来るからいつも以上に急がないと。きっと彼は開店時間と同時にやって来るだろうから。
 表へ回って、疎らに散る落ち葉を集める竹箒の柄はすっかり私の手に馴染んでる。この時間に犬の散歩に出てくる近所のおじさんと挨拶を交わすのも日常の一頁。
 よし、綺麗になったしもう一仕事。エプロンのポケットから取り出した鍵を店の入口のガラス戸へ差し込んでカチリと回す。今日は暖かいから扉を全開にしよう。そろそろお兄ちゃんも顔を出す頃かな。
 
 私にとって自転車は、かけがえのない力の源。生きる糧。そこまで言ったら大袈裟かもしれないけど、私という人間を形成する鍵の一つであることは間違いない。
 みんなみたいにロードバイクに乗って風を切り、レースで血液が沸騰するような高揚感はきっと味わえないけど、自転車を好きという気持ちは誰にも負けない自信がある。だから、私にできることはなんでもしたい。みんなの役に立ちたい。何よりも自転車は自分の力で進める、とっても素敵で凄いんだよってことを伝えたい。それが私の役目だと思うから。
 今日はどんな人が自転車と出会えるのか楽しみ! その架け橋となれるよう頑張らなきゃ。
 
 間もなく時計の針が開店時刻を指す。最後の仕上げは、看板を出すこと。いつもの場所に設置して、うん、準備万端。
 
 CYCLE SHOP KANZAKI 開店です!

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